故人との絆を続ける
【英知の言葉】古くから、人は愛する人との別れを嘆き、悲しんで来ました。古今東西のグリーフの表現は、豊かで、幅広く、先人の英知に満ちています。この英知のセクションには、先人の考えた、死とは何か、生とは何か、悲しみと向き合うとはどういう事か、といった見識が含まれています。言葉にならない悲しみに、言葉を与える作業に貢献できればと考えています。
まだまだ小さなコレクションですが、グリーフに関連する英知の言葉を集めています。数が増え次第、カテゴリーも増やしていく予定です。
平行線が交わることもある
ユークリッドは常に正しかったわけではない。彼はどこまで行っても永遠に交わらない平行線を想定した。しかし、、非ユークリッド的な存在もありうるのだ ― はるか彼方でふたつの根が交わることも。ひとつに溶け合うように見えることも。
わたしはそれが単なる錯覚ではないことを知っている。ときには、実際に交わることがありうるのた。ひとつの現実がもうひとつの現実のなかに流れ込むように。そっと絡み合うように。精密な世界で織られる糸みたいにきちんと交差するわけではないし、機を織る音が聞こえるわけでもないが、ただ・・・そう・・・息づかいのようなものが聞こえてくる。その感触が伝わって-る。その息づかいの感触が。
「マディソン郡の橋」ロバート・ジェームズ・ウォラー、主人公のロバート・キンケイドの言葉として
自分の中に
これまでに私たちが出会ったすべてのもの、私たちを形成したすべてのものは、依然として私たちの内に存在します。
(ロバート・ニーメイヤー)
やさしく、美しい者はどこに
やさしい心 はどこへ待ったのだろう。アキという一人の人間のなかに包み込まれていた美しいもの、 尊いもの、繊細なものは、どこへ行ってしまったのだろう。裸の雪原を走る列串のように、明る-光る星の下を、いまも走りつづけているのだろうか。どこへとも行方を定めずに。この世界の基準では測れない方位に沿って。
あるいはいつか、ここへ戻ってくることがあるのだろうか。ずっと以前になくしたものが、ある朝ふと、もと置いた場所に見つかることがある。きれいな、昔あったままの姿で。なくしたときよりも、かえって新しく見えたりする。まるで誰か知らない人が、大切 にしまってくれていたかのように。そんなふうにして、彼女の心はまたここへ戻ってくる のだろうか。
(「世界の中心で、愛をさけぶ」:片山恭一)
いまあるもののなかに、みんなある
「人の死に意味があるのなら、あの世や天国もあることにしないと辻硬が合わないんじゃ ないかな」
「どうして?」
「だって死んでしまえば、みんなおしまいなわけだろう。そのあとがなければ、死ぬこと に意味なんてありえないもの」
アキは窓の外へ目をやって、ぼくの言ったことについて考えているようだった。こんも り繁った城山の木々のあいだから、天守閣が白い顔を覗かせていた。その上を数羽の鳶が舞っている。
「わたしはね、いまあるもののなかに、みんなあると思うの」ようやく口を開くと、彼女 は言葉を選ぶようにして言った。「みんなあって、何も欠けてない。だから足りないものを神様にお願いしたり、あの世とか天国に求める必要はないの。だってみんなあるんだもの。それを見つけることの方が大切だと恩うわ」しばらく間を:BJいて、
「いまここにない ものは、死んでからもやっぱりないと思うの。いまここにあるものだけが、死んでからも ありつづけるんだと恩うわ。うまく言えないけど」
「ぼくがアキのことを好きだという気持ちは、いまここにあるものだから、死んでからも きっとありつづけるね」ぼくは引き取って言った。
「ええ、そう」アキは領いた。「そのことが言いたかったの。だから悲しんだり、恐れた りすることはないって」
(「世界の中心で、愛をさけぶ」:片山恭一)
精霊流し
(「精霊流し」:グレープ)
燃えがらの中に
閃きを探しているなら
燃え殻の中を探してみたら。
(エリー・ウィーゼル)
炎のあった証
灰はかつて炎があった証である。
そのひどく灰色な固まりに敬意を払いなさい。
しばらくここに留まり、
そしてこの世を去った生き物のために。
炎は最初光として存在し、
そして集約する。
科学者だけが知っている、
それが何に炭化するのかを。
(エミリー・ディケンソン:No.1063)
あなたはそこに
あなたはそこにいた
退屈そうに 右手に煙草 左手に白ワインのグラス
部屋には三百人もの人がいたというのに
地球には五十億もの人がいるというのに
そこにあなたがいた
ただひとり
その日その瞬間 私の目の前に
あなたの名前を知り
あなたの仕事を知り
やがて
ふろふき大根が好きなことを知り
二次方程式が解けないことを知り
私はあなたに恋し
あなたはそれを笑いとばし
いっしょにカラオケを歌いにいき
そうして私たちは友達になった
あなたは私に愚痴をこぼしてくれた
私の自慢話を聞いてくれた
日々は過ぎ
あなたは私の娘の誕生日にオルゴールを送ってくれ
私は あなたの夫のキープしたウィスキーを飲み
私の妻はいつもあなたにやきもちをやき
私たちは友達だった
ほんとうに出会った者に別れはこない
あなたはまだそこにいる
目をみはり私をみつめ くり返し私に語りかける
あなたとの思い出が私を生かす
早すぎたあなたの死すら私を生かす
初めてあなたを見た日から こんなに時が過ぎた今も
(「あなたはそこに」:谷川俊太郎)