家族として悼むという考え方
メンバーの死がバランスを揺るがせる
ある家族メンバーの死をきっかけに、は家族の中のバランスが崩れる事があります。
家族のメンバーの死は家族の中に穴が開いたような状態になり、その穴を埋めようとする力で、メンバー間の人間関係、役割分担、ルール(家庭内の決まり)等を大きく揺り動かし、バランスが崩れ、またそれを立て直そうとする力が働くことから、これまでの問題点が噴出したりすることもあります。例えば、家族の中で死のとらえ方や、それに対する表現の方法が違ったり、故人の家庭内での役割を遺された家族が上手く分担できない、などが問題となります。具体的には、こんな例があります。
- 子供の死について母の悲しみとその表現が突出しているので、父や遺された子供はサポート役に回るばかりで自分の悲しみを表現したり支えてもらったりする機会がない。
- 終末期医療に対する考え方の違いで、長兄が延命治療を打ち切ったことに関してほかの家族メンバーに不満がある
- 支配的な親が亡くなった時に、兄弟での認識の違いから「悲しんでいない」ことを非難され、また、悲しめない自分に罪悪感がある
- 子供が亡くなったことに対する母親の悲しみを父(夫)が十分理解できない、回復を急がせる
- 男性のグリーフ表現を女性が理解できず、お互い「誰も理解してくれない」という気持ちになる。(詳しくはグリーフとジェンダー参照)
- 依存的な子供が依存対象の死でその依存先をほかの家族に向ける
- 自死や犯罪における死などで家族内で故人の話題が一切出ない、あるいは話題に上らせたいものと上らせたくないもので軋轢が起こる
- 一人のメンバーが非常に強く故人を理想化して語るため、ほかのメンバーが故人の事を正直に語り難い
- 仲たがいしていた父が亡くなり、生前の関係の悪さをほかの兄弟から指摘される
- 故人の家族の中で果たしていた役割を遺されたメンバーが上手く果たせない。父の介護をしていた母が亡くなり、その負担が自分だけに押し付けられたと長女が感じている。
ここに記したのはやや極端な例ですが、こういった要素はどの家族にもあり、死後の実務的な処理(葬儀、墓、相続)問題も相まって死別への適応に影響を与えます。
個々のメンバーのグリーフとグリーフからの回復はばらばらに起こっているように見えますが、家族間での緊張感にも影響されているのです。故人がグリーフから回復するように集合体としての家族も回復する必要があります。
家族として悼む
家族として死を悼むというのは、家族のメンバーがそれぞれ、個人として、互いを思いやって死を悼むということです。家族全員が「同じように」グリーフを経験したり、グリーフワークを行ったりする、という事ではありません。よりよく個が死を悼めるように、このようなことに注意しましょう。
- 家族のメンバーを失ったとき、その他のメンバーはそれぞれのやり方でその死を悼みます。時にそれは違った方法や表現であらわされることがある事を理解しましょう。
- 故人の受け持っていた役割を、皆でバランスよく分担できるよう家族の意思疎通を図りましょう
- お互いの話を、注意深く、共感的に聞きましょう
- 「家族のために良いから」、「~~さんのためだから」という表現はやめ、「私はこうしたい」自分自身のために発言するよう心がけましょう
- 自分や、家族との関係についての気持ちを正直に表現することを心がけましょう
- しかし、どうしても家族と死の認識が違う場合には、自分のグリーフワークを優先する必要がある事を理解しましょう