グリーフ研究概論:はじめに
はじめに
グリーフについての研究は比較的新しい学問です。そして、死と言う大きなテーマを扱うことから、学際的で、多くの研究分野、例えば、医学、哲学、社会学からの貢献を得て、ようやく近年になって盛んな研究が行われるようになってきました。もちろん、その背景には、変わりつつある現代人の死を取り巻く状況がある事も見逃すことは出来ません。
このセクションでは、現代のグリーフ研究の中でスタンダードとなっている考え方を一通り学び、基本を理解するとともに、更なる研究への足掛かりとなるような構成を目指しました。
また、具体的な活動については「実践的グリーフとの付き合い方」セクションがありますので、必要に応じてこちらへのリンクも紹介していきます。逆に、このサイトではカウンセリングの方法などに関しては立ち入らず、あくまで、グリーフ、グリーフワークの研究に範囲を定めています。
いくつかの中心的な考え
まずここで、現在のグリーフ研究のの中心をなす考え方をリストアップしていきます。これらを念頭に入れて、各セクションを読み進んでいただけるとよいと思います。
- 喪失にグリーフを感じるのはごく自然な反応である。
- グリーフの反応には非常にさまざまな表れがある。
- グリーフは認められ、表現されることを必要としている。
- 様々な表現の仕方がある。感情を豊かに表現する事ばかりがグリーフではない。
- 喪失への適応は決まったコースを通るわけではない。
- 亡くなった人との絆、つながりを持ち続けるのは病的なことではなく、逆に喪失の適応の中心となる重要性がある
- 大きな喪失は乗り越えたりできない。しかし以前考えられていたのよりもかなり長い時間を費やして、その喪失と共に生きる術を知ることは出来る
- 喪失への適応は個人だけでなく、家族や社会のレベルでもする事が望まれる
- グリーフは複雑化する事があるが、それは遺されたものの資質だけの問題ではない。複雑化はある程度予見でき、サポートを提供できる
- 喪失の認識や適応は認知的にも文化的に相対的である
グリーフとは喪失への正常な反応
グリーフは、重大な喪失に対する複雑な反応や状態の事をいいます。
人は、大きな喪失を経験した時に、世界が今までとは全然違うものになってしまったと感じます。そして後ろを振り向き、失ってしまったものを求め、なんとか取り戻したいと思いますが、それは無理なことを知り、悲しみます。なぜ自分が望みもしないのに、こんなことになってしまったのか、答えの出ない問いを発し続けます。これがグリーフです。
グリーフは、心や体に様々な反応として現れます。例えば、グリーフは悲しみ、思い焦がれる気持ち、繰り返し思い出される過去の出来事、罪悪感、時には怒りや恨みと言った感情として、心の中を渦巻きます。しかし、
グリーフは感情面だけを襲うのではありません。グリーフは肉体的な痛み、認知・行動的な反応、スピリチュアルな迷いとしても訪れ、永い期間、遺された者に影響を与えます。
グリーフは大切な人との絆が引き裂かれたこと=喪失、に対する正常な反応です。痛みがあるのは、そこにかつて強い絆があり、そして、今でもある証、と言っても良いでしょう。苦しみが強いのは、その絆が遺された者にとってかけがえがなかった証でしょう。しかし、その痛みはあまりに強く、辛く、「こんなに苦しむのは病気ではないか」と遺された者が心配するほど、自分自身をコントロール出来なくなってしまうようなケースも見られます。
参考リンク:グリーフ(悲嘆)とは;喪失は全人的な痛み
喪失への適応とは
人は、本当に大切な死を「乗り越えた」り、「立ち直った」り、死の衝撃から「回復した」りすることが出来るのでしょうか。私たち、そしてグリーフの研究者たちは、それは、残念ながら、難しいことだと考えています。
一人の人の死は、取り返しのつかない出来事です。死別による喪失は元に戻すことは不可能です。回復が「元の状態に戻ること」であるとするなら、それはあり得ないことと言ってよいでしょう。では、「乗り越える」ことは出来るのでしょうか。「亡くなった人の事は早く忘れて、強く前向きに生きる」べきでしょうか。もちろん、こういう方法で残りの人生を生きることは可能でしょうし、そうする人もいると思います。
しかし、私たちは、前に進むのに故人との絆を切ってしまう必要は無いと考えています。
では、遺された者は、どうなっていくのでしょうか。遺された者は死を「乗り越え」たり、「回復した」りは出来ませんが、故人の居なくなってしまった世界で、何とか生き延びていく ― 適応していく ― 事は可能です。
さらに、「亡くなってしまったものは仕方がないと受け入れる」だけでなく、それ以上の喪失との和解も期待できます。ただ単に、新しい世界 ― それは大切な人がいないからでもあり、自分が変わったからでもあります ― と折り合いをつけて「生き延びる」だけではなく、故人との新しい心のつながりを大切にし、新しい世界をポジティブに生きる事が可能だと、私達は考えているのです。
- 変わってしまった世界を、故人の事を忘れずに、生前とは違う絆を持って生きていけるようになる。
- 悲しみを持ったままで、ポジティブに生きる事が出来る。
- 自らに起こった変化に、意味や価値、成長があると感じることが出来るようになる。
究極的には、これらが喪失への適応です。ここには新しい人生の始まりがあります。
参考リンク:グリーフワーク
グリーフワークを通した適応
さて、先に、グリーフが喪失に対する自然な反応だ、と説明をしましたが、この苦しみの状態から、適応へ向かう際にグリーフワークと言うものが必要だと言われています。グリーフワークは、やや恣意的に訳せば「死別への適応作業」という事にもなります。作業、とは言っても「これこれをすればグリーフワークが進みます」というやる事のリストがあって、遺された人が一生懸命やる、といったたぐいの作業ではありません。 遺された者が、大切な人を失った喪失に向きあい、自分の気持ちを語り、考え、選択をし、行動をし、それを後悔し、その次にはまた少し納得のいくようにやってみる。そしてそういった作業の積み重ねの中で、行動の仕方、自分の物の見方を少しずつ変えていく、変わっていく、そういったことがグリーフワークなのです。
そして、このグリーフワークが進むにつれ、最初の圧倒されるようなグリーフの痛みは少しずつ弱まって行きますし、効果的なグリーフワークにより、人は再び人生を自分の物として生きていくことが出来るようになります。
参考リンク:グリーフワーク
グリーフケア
このグリーフとグリーフワークを取り巻く環境が、色々な意味で変わってきています。現代社会では、死になじみがなく、どのように死と向き合うのかに戸惑う人が増えてきています。また、近年の震災などの大災害や悲劇的自己の頻発など、遺された者の心の傷を心配されるケースも多くあります。
また、近年進みつつあるグリーフについての研究の結果、グリーフワークがうまく進まない人、進みにくいケースがある事もわかり、また、そういったハイリスク・グループに早期の支援をすることが出来ることもわかってきています。
そういった状況の中で、グリーフに苦しむ人の友人として、善意の第三者として、そして共に死を迎える者として共に歩み、寄り添う、という姿勢に基づいて支援を行うのがグリーフケアです。医療、宗教界、葬送業界、看護師などから強くその必要性を認められているということが出来るでしょう。
参考リンク:今なぜグリーフケアが必要か;グリーフケアとカウンセリング