予期的グリーフ:Anticipatory Grief
予期的グリーフとは
ある人が病に侵された時、病の種類やその状況によって、家族や本人が死が避けられないことを知ることがあり、こういった時に、グリーフが実際の死を前にして予期的に始まることがあります。それを予期的グリーフと呼んでいます。
今日では医療技術が進み、診断から死までの病気の進行はゆっくりになり、時間がかかるようになりました。終末期の痛みは少なくなり、患者のQOLが良くなっています。こういった環境の中で家族と本人が死と向かい合う期間が長くなっており、この予期的グリーフを理解する事は非常に大切と考えらえています。
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予期的グリーフの特徴
テレーズ・ランドーによると、予期的グリーフは3つの大きな喪失の焦点をもつ多面的な出来事だといいます。
- 過去:起こったことで取り戻せない事、起こったことで再度経験できない事
- 現在:病状が次第に悪化し、不確実でコントロールできない状況
- 未来:変わってしまうであろう生活、”起こらなくなってしまった”日々の生活、寂しさ、経済的な不安
死は受容できるか
死を迎えた人の心の動きについてはエリザベス・キューブラー・ロスが『死ぬ瞬間』の中で発表した否認、怒り、取引、抑うつ、受容の5段階があまりに有名ですが、最終的に死に行く者やそれを看取るものが死を受容できるのかには疑問が残ります。
Beverly Raphaelはその著書「The Anatomy of Bereavement」のなかで、死に行く者と看取るものの変化を研究した結果、大筋ではキュブラー・ロスのプロセスを踏襲しつつも、受容に関してはこういっています。「中にはキュブラー・ロスが言ったような穏やかな受容にたどり着く者もいる。しかし中には家族が「近くにいてあげたい」気持ちと「迫りくる死の痛みを軽減するために早くあきらめたい」気持ちの狭間で切り裂かれそうになっているのを見て自ら諦める者もいる」と述べています。
また、予期的グリーフの初期研究者であるリンデマンが「死につつある人を諦める」と表現していることに対してランドーは異議を唱え、諦めが起こるとすれば、それは「死につつある人物との希望、夢、期待」を諦めるのであり、「未来は現在を放棄しなくても悲しめる」としています。
予期的グリーフの影響
こういった予期的グリーフが死後のグリーフにどのような影響を与えるかについては意見が非常に分かれていますが、一般論として予期的グリーフが死後のグリーフを軽減するあるいは悪化させるという事は言えず、予期的グリーフと最後の時間の質が死後のグリーフに影響を与えると言ってよいでしょう。
ネガティブに作用
- 家族は愛する人が衰弱していくさまを見続けなくてはいけない
- 中には耐えられず死を迎える前にすでに心が離れてしまう人もいる
ポジティブに作用
- 「やりかけの仕事」(例えば、「さようなら」、「愛しているわ」、「あなたを許すわ」と言うこと)を終わらせて、整然と別れを告げることが出来る
- 過去を水に流して安らかに死を迎えることが出来る
また、死後のグリーフ同様、予期的グリーフも時間のかかるプロセスで、患者と遺族がある程度落ち着いて死を見つめ、許容し、死後のグリーフにポジティブな影響があるようになるには6か月から18か月の時間を必要とするという研究結果もあります(Rando 1983, C. M. Sanders 1982)