グリーフに影響を与える要因
ロバート・ニーメヤーはその著書、「〈大切なもの〉を失ったあなたに」の中で、自己の持つ「意味の世界」のなかでの死の位置づけや、自分の生き方の指標になるような主義主張の組み立て(構成)が死を対処できるものとして認識するかどうかが、死のインパクトの強さを決定する、と言います。どのような死を「順当な物」であるかととらえ、どのような死を「非業の死」とらえるのかは、遺された個人、家族、コミュニティーの死に対する意識の構成によるもので、死の現象の客観的条件ではない、というのです。ある子供の死は、捉える者によって、全く予想のつかない衝撃的な死でもあり得ますし、慢性的な苦しみからその子供を開放するものでもあり得ます。
グリーフに苦しむ人はしばしば、つらかった事として”悲しみ比べ”(「あなたはまだよい方」「もっとつらい人がいる」と他人に言われる事)を上げることからわかるように、自分ではこれ以上ないと感じているグリーフの悲しみを、「他の人には解ってもらえない」「過小評価されている」事自体がグリーフの痛みの一部となりえます。『母を高齢で亡くした子供の悲しみは、子を亡くした母の絶望的な痛みに比べたら大したことはない』といったステレオタイプには気を付けるべきと言えるでしょう。
こういった前提に立って上で、様々研究者によって明らかにされている、グリーフに影響を与える要因や、グリーフが複雑化するハイリスクな要因を見ていくことにしましょう。
グリーフに影響を与える客観的要因
グリーフに影響を与える要因に関しては、テレーズ・ランドーによるグリーフに影響を与える要因を元に、主な条件を紹介をしていきます。非常に広域にわたるリストで、グリーフに影響を与える要因の複雑さが伺えます。
心理的要因
- 失った人、その人との関係の性質や意味に関する事
- 死亡者は誰か
- 死亡者の性別や年齢
- 関係の質:親密、アンビバレント、抑圧的、依存的などの関係
- 家族や社会の中でその人が占めていた役割:父、子、主な稼ぎ手、介護役などの役割
- 二次的喪失の質的、量的、種類の問題
- 遺された者の資質
- 死の状況
- 死亡場所、死因、死に立ち会ったか
- 遺体を確認できたか
- 過去の死の経験と予想:過去の死を解決できているかどうか、近い将来に死を予測しているかどうか
- 亡くなるまでの様子:病の種類、期間、病の進行具合、痛みの有無、緩和ケアの有無、医療に対する満足感
- 亡くなる前にクオリティータイムがあったか
- 死が回避できたと考えているか
社会的要因
- 家族に関連する要因
- 家族の人数や構成
- 家族のタイプ:結束性、柔軟性、コミュニケーション、役割、ルール、期待、価値感、信条、家族としての長所や短所、問題解決の方法など
- 死への理解
- メンバーそれぞれの故人への感情
- 故人の家族内での役割を遺されたメンバーが補えるかどうか
- 闘病期間中の家族への影響:介護の役割分担への納得度、家族の闘病への参加具合、病についての話し合いの状況
- 一般社会経済学的、環境的要素
- 社会的サポートの質と量
- 社会、文化、宗教/哲学的背景
- 経済的な立場や安定度
- 教育、経済、職業的要因
- 葬儀、メモリアルサービス
- 裁判など法的な手段の導入
- 死別後の時間の機過
肉体的要因
- 一般的肉体的健康
- 疲労具合
- 栄養状態が良いか、休息、睡眠、エクササイズなどが出来ているか
- 薬物、アルコール、喫煙、カフェイン接種、食事などの習慣
ハイリスク要因
グリーフの研究が進むにつれ、グリーフが複雑化しやすい要因がある程度はっきりしてきました。このようなケースでは積極的、早期にサポートを提供することが出来ます。
- 突然死、予想外の死
- 心の準備がない状態で、驚き、ショックが強い
- 若年層に多く、『早すぎる死』が残された人に与えるショックは多大
- 認知的にも死が理解しにくい、信じることが難しいため死の容認が困難
- 当惑、不安、自責、うつ、絶望に苦しみ日常生活復帰が困難
- 自己の「推定の世界」が瞬時にして崩壊し、世の中が信用できなくなる
- 故人との間でやり残したことが多い
- 自死
- 自責感が強い
- 発見者になることが多い(PTSDのリスク)
- 終わらない「なぜ」という問い
- スティグマ化、公認されないグリーフ化
- 犯罪、惨事による死 、確認できない死
- 凄惨な状況を見ることによるPTSDリスク
- 遺体が見つからない、遺体の状態によって見ることが出来ない状態の場合は死んだことが実感できない
- 安全であるという前提の崩壊
- 警察との対応、裁判などで心無い対応や言動による二次的被害
- 「死の前にあの人は苦しんだのか」「怖かっただろうか」「自分に助けを求めて呼んだのだろうか」と言う自答が続く
- 即死で苦しまなかったと言う情報は重要
- 故人との複雑な関係(アンビバレントな関係、アタッチメント不全、依存的関係など)
- 愛憎関係(例:DV、アルコール中毒の親):喜びと悲しみのはざまで苦しむ
- 依存的関係:見捨てられたという感じを強く持つ
- わだかまりがあった、絶縁状態にあった時などの自責
- 子供の死
- ありうるべきでない死
- 非常に強い自責感
- 両親の温度差、表現の差による二次的喪失が多い
- 精神疾患の既往症、死別前の心身の健康不良、アルコールなどへの依存
- 特にうつ病
- 多発的喪失
- 同時や続けて何人も亡くした場合、感情的に混乱する
- 何人も同時にグリーフ、グリーフワークできない
- 死以外の喪失(失業、離婚)が多発的に起こることも影響する
- 公認されないグリーフ
- 公にできない関係や死の状況により、公に悲しめない。そのためにサポートも受けられない。
- 周囲からの支援がない
- 高齢
- 相互依存が進んでいて、高齢者夫婦の場合お互いだけしか頼るものがない、と言う場合も多い
- 役割適応が難しい(家事)
- 社会の高齢化で独居の老人が多くサポートがない
- 経済的問題
- 実生活での問題が大きく影を落とす
- 長期の闘病
- 家族の生活が看病を中心に変化し、死亡により糸の切れた凧状態に
- 同様の理由で友人関係が希薄になっていることが多い