グリーフワークの課題

段階論、フェーズ論 VS 課題論

ノーマルなグリーフのプロセスがあり、それがある段階やフェーズといったプロセスによって進む、という考え方に反対したり、充分ではないと考える人たちもいます。これらの研究者は大きく3つの点で段階、フェーズ論を批判しています。

  1. こういった段階やフェーズ論が、複雑なグリーフの問題を単純化しているがゆえに明確で、一般に受け入れられていますが、グリーフの過程を普遍的なものとして決めつけ、だれもが同じ行程をたどるという誤解を与えがちだという事。
  2. 段階やフェーズで起こるとされている事、がその名の通り「起こる」事で、グリーフは受け身な状態であると認識されていることにあります。実際に遺された者が経験する感情は、確かにつらい物ではありますが、じっとその感情を受け止めていれば、何か知らぬ間に、自分の感情や反応があっちに行ったりこっちに行ったり、行きつ戻りつして、そのうちにグリーフは最終段階に入って喪失に適応出来て終わる、という考えのように感じられるわけです。
  3. 段階論、フェーズ論の焦点が情動的な側面に偏っており、グリーフの反応自体が、グリーフワークである、という誤解を生みます。実際、よくあるグリーフワークの解説には、グリーフワークとは「愛する者との死別を深く悲しみ嘆く作業」「遺族が辿る心理的なプロセス」といった、グリーフの反応をグリーフワークと混同している事がしばしばです。

一方、グリーフは非常に大変な主体的、能動的活動で、グリーフワークは、自分がどのようにグリーフしていくかを主体的に決定する活動である、と唱える人たちもいます。これらの研究者は、喪失への適応は、「喪失を認知的に再評価して、意味を再構成する」のだといい、その中で、ここにあげるような「課題」に取り組み、クリアしていくのだといいます。ここでは、その中でもっとも影響力を発揮している、ウィリアム・ウォーデンとテレーズ・ランドー、そしてローバート・ニーメヤーが考える、「遺された者がこなすべき課題」を紹介します。

ウォーデンの4つのタスク

ウィリアム・ウォーデンは「グリーフカウンセリング」(Grief Counseling and Grief Therapy, 1992)の中で、遺された者は次の4つのタスク(課題)を成し遂げる必要があると述べている。タスクはこの順番で行われる必要はなく、通常このうちいくつかのタスクを、行ったり来たりしながらこなしていくと考えています。タスクの完了に期間は設けていない。

タスク 内容
タスクI:
喪失の現実を容認する
  • 死が現実であり、故人はもう戻らないと認識するタスク
  • 喪失の認識は理性と感情の双方でされなければいけない
  • 死の容認は難しく、死が予見されていた場合でも死を認めるのが難しい場合がある。
  • 故人を探し求めたり、故人がまだ生きているかのように振る舞う、故人との関係を過小に評価するなどの表現が見受けれられることがあるが、最終的に故人の不在を認識する必要がある
  • 葬儀や命日の行事などは死の容認を助ける
タスクII:
グリーフの苦痛を経験する
  • 痛みの強さやどう経験されるかは人それぞれ
  • 近しい者が亡くなった時に痛みを全く経験しないのは不可能
  • 酒や薬、故人を理想化する、引っ越しする、故人を思い出すことを避ける新しい(恋愛)関係を早々に作る、、などで痛みを押さえつけようとすることがある
  • が、いくら上手に押さえつけても痛みの回避は心身の病などとして帰って来たり、別の喪失の時にぶり返す
タスクIII:
新しい環境に適応する
  • 故人の役割や関係性によって適応しなければならない内容が違う
  • 故人の役割を認識するとともに二次的喪失の内容に気が付く
  • 故人の役割を代行できるまでには時間がかかり、辛抱強さも必要とされる
  • 人生に対して多少コントロール感が多少戻ってくる
タスクIV:
気持ちの中で故人を位置付けなおし、
日常生活を続けていく
  • 多くの人にとって一番難しいタスクである
  • 新しい人間関係に感情的を投資する力に気付く
  • 故人は忘れられたり、記憶をかき消してしまったわけではなく、遺された者の一部となったのである
  • 人生に喜びを再び感じ始める
  • 故人を「あきらめた」のではなく故人に見合った場所(遺族が生き続けるという事を可能にする場所)を感情の中に見つける
  • 過去のアタッチメントに執着しているとこのタスクを完結するのは難しい。喪失があまりに辛いので、もう人を愛さない、と決心する事もある
  • 遺族は昔通りではありえないし、今後も昔通りになることはあり得ない
  • 時間とグリーフワークを続けることで痛みは少なくなり、自身を再定義することになる

ランドーの6R

テレーズ・ランドーは「6つのR」と呼ばれるプロセスを提案している。ランドーは「これらのプロセスは自分に適した方法で、自分にあった内容で」実行してよいが、すべてを完了する必要がある、と述べています。

プロセス 内容
Recognize the loss
喪失を認識
  • 死を容認する
  • 死の意味と、何が死を引き起こしたのか理解する
React to the separation
離別に反応
  • 痛みを経験する
  • 喪失に対するあらゆる感情を認識、受容、表現する
  • 二次的喪失を認識する
Recollect & Re-experience
回顧と再体験
  • 現実的に反芻し、思い出す
  • 感情をよみがえらせ、追体験する
Relinquish (the old attachment)
古いアタッチメントを断念する
  • 故人へのアタッチメントと以前の想定の世界を手放す
Readjust to move into new world
新しい世界に適応する
  • 古い世界を忘れずに、新しい世界に順応的に移動するための調整をする
  • 想定の世界を改訂する
  • 故人との新しい関係を構築
  • 新たな世界での振る舞いに適応する
  • 新たなアイデンティティの構築
Reinvest
再投資
  • 故人との関係に投資していた感情のエネルギーを他の人、物、活動などに投資し、そのことに喜びを感じる

 

ロバート・ニーメイヤーの5つの課題

順不同で、期限なく行われる課題。人生の転機を迎えるごとに何度も取り組み、書き直す必要のある課題と位置づけている。(「大切なものを失ったあなたに」:ロバート・ニーメヤー:2006)

課題 内容
喪失の現実を受け入れる
  • 心から喪失を受け入れるのは、簡単なようで難しいタスク
  • 故人としても家族としても喪失を受け入れる必要がある
痛みを開放する
  • いつまでもグリーフの緩和や回避に固執していられない
  • ひとりで自分の気持ちを静かに見つめたり、親しい人に気持ちを話す事で感情の機微を発見する
  • グリーフに向きあう事、日常の生活を続けることの両方を行うことが大切
見込み違いだった自己の想定と
その世界を改訂する
  • 正義、秩序、公平といった今までの想定が間違っていた事に気付き失望する。参考:想定の世界の破壊
  • 喪失から学んだ意味を盛り込んで想定を作り直す
喪失した愛情関係を再構成する
  • 愛情関係は死によって終わらず、別の形に変化する事を知る
  • 愛する人の思い出を遠ざけず、愛情を身体的な絆から抽象的な絆に移行させる
新たな自己の創造
  • 一部の失われた自分は元の自分には戻れないが、失われていない部分から新しい役割に見合った自己を作る