グリーフはなぜ起こるのか

グリーフはなぜ起こるのか。現代のグリーフでの研究では大きく分けて2つのセオリーがあります。

アタッチメント理論の観点から

現在、グリーフの研究の中で大きな影響を与えているのが、心理学者であり精神分析学者でもあるジョン・ボウルビィによって確立されたアタッチメント理論(愛着理論)です。

アタッチメントとは、人間は幼少期からの親との信頼関係の構築に由来する信頼関係(アタッチメント・ボンド)で、幼児が保護者(通常母親)との信頼関係を構築するところから始まり、それはその後、その他の人間に広がっていきます。幼児は、生後6ヶ月頃より2歳頃までの期間、主要に面倒を見る大人(母親)に強い愛着を示し、この時期の後半では、子どもは、保護者を安全基地として使うようになり、そこから探索行動を行い、またそこへ戻るような行動を示します。保護者の反応は、愛着行動の様式の発展を促し、そしてこれは、後年における内的作業モデルの形成を促し、個人の感情や、考えや、期待を作り上げる元となります。
このアタッチメント理論は当初、子供の保護者に対する愛着と、分離への不安についての理論でしたが、後年、成人の周囲の人間との愛情関係もこのアタッチメント・ボンドを中心に形成されていることが明らかになってきました。人は愛着関係の喪失を不安に感じ、また、実際の喪失は悲しみを感じる、と言います。

ボウルビィによると、グリーフはこのアタッチメント・ボンドをを回復しようとすることだと言います。さらに、グリーフへの適応が上手くいかないケースの主因は、遺された者と故人との関係の問題であるが、遠因としては遺された者のアタッチメント不全にあると述べています。アタッチメント不全は、幼少期に健康なアタッチメント・ボンドを築くことが出来なかった事が原因で起こり、例としては養育者の不在、頻繁な交代、親の都合によってすぐ変わるような保護などが挙げられます。アタッチメント不全は成人後の人間関係にも大きな影響を与えます。

ボウルビィはアタッチメント理論を元に、グリーフへの反応を3つのフェーズととらえています。ボウルビィの後継者であるパークスはこれを4段階に訂正しており、こちらを「ノーマルなグリーフの姿」のパークスの4つのフェーズで紹介しています。

 

ストレス対応・トラウマ対応の観点から

死別は大きなストレスであり、そういった大きなストレスが健康や幸せを阻害するという、認知的ストレスやトラウマの観点からグリーフを研究する考え方もあります。ストレスは失業や離婚など、大きな変化にはすべてつきものですし、トラウマはもう少し非日常的な経験、例えば戦争や交通事故などで起こるからです。
認知的ストレス、と言うのはストレスの精神生理学の研究から生まれた概念で、この考えでは喪失を大きなストレスととらえています。喪失の経験がどのくらい大きなストレスなのか、対応するのが難しいのかは個人の認知(とらえ方)によると考え、したがって、喪失へ評価や、喪失へのの対応も認知的であるべきであると考えています。

喪失をストレスとする考え方では、喪失の様々な側面が説明できます。認知的なストレス理論は、喪失の性格、対応のプロセス(対決的 vs 回避的、感情的 vs 問題解決的)、肉体への影響(ストレスの免疫系、消化器系、心臓への影響など)などの説明が出来ることにより、喪失の全体像をつかむのに一役をかってきました。
これまでに、様々な喪失に関したストレス対応のモデルが提唱されていて、それにより(1)喪失に適応するまでの認知的課題がはっきりしてきた(2)それぞれの喪失についての他者の影響が重要であることがわかってきました。これらの考え方は現代の喪失の考え方に大きく影響を与えています。こういう中から、喪失対応のための条件と言う考え方が生まれ、ウィリアム・ウォーデンは喪失を「受け身で経験するイベント」ではなく「積極的に対応するプロセス」と位置付けて、4つのタスクを中心とするモデルを提唱しました。

喪失への対応が認知的な営みであり、喪失は一人の人間にだけ起こるものではなく、社会や他者と影響を与え合いながら決定されていく、という考え方は社会構成主義の考え方によりさらに発展していきます。この考え方では、喪失の適応は意味の再構成であり、しばしば遺された家族や、社会の常識とのすりあわせが必要だという事になります。

一方、トラウマは全体としてはストレスの一形態と考えることもできますが、先述したように、死別は時に暴力的なイベントであり、終了したイベントがまだその人を苦しめていて、内部で解決する必要がある状態です。トラウマ的なな喪失は、大きく私たちの「想定の世界」を突き動かし、自分の知る世界の大きな改訂を迫ります。