スピリチュアルな痛み

「スピリチュアル」という言葉にはなかなか解りにくい、ピンとこない部分があります。「スピリチュアル」が日本語に訳せば「霊的」となることで、なんだか怖いような気がします。また、最近では、「自分には霊感がある」と称する人物が、スピリチュアルの名のもとに「前世が見えた」「オーラが見える」「霊と話ができる」といった事を言い、テレビ番組で相談に乗ったりする事を目にすることも多く、こちらのほうを思い浮かべる方も多いのではないかと思います。
しかし、これは現在医療の世界や、グリーフケアの世界でのテーマとなっている「スピリチュアルケア」という言葉のスピリチュアルとはもちろんまったく意味が異なります。
ウァルデマール・キッペス(Waldemar Kippes)は、『スピリチュアルは五体で体験できる事柄を超越する機能・能力である。スピリチュアルは物事に意味や意義をつけさせるパワーであり、死を含む現実を超える希望である』と述べています

スピリチュアルな健康

1999年、WHO(世界保健機構)は従来の「健康」の定義(肉体、精神的、社会的健康)にスピリチュアルな健康を健康を構成する項目として加えることを提言したことで注目を集めました。WHOはこの提言の中で、『パリアティブケア(緩和ケア)は、すべての人間の全体的な福利にかかわるため、パリアティブケアの実施にあたっては人間として生きることが持つスピリチュアルな側面を認識し、重視すべきである』と述べています。

この健康を構成するスピリチュアルな側面とはなんでしょうか。 WHOの定義によるとスピリチュアルとは:

スピリチュアル」とは、人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である。多くの人々にとって、「生きていること」が持つスピリチュアルな側面には宗教的な因子が含まれているが、「スピリチュアル」は「宗教的」とは同じ意味ではない。スピリチュアルな因子は、身体的、心理的、社会的因子を包含した、人間の「生」の全体像を構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念と関わっている場合が多い。

という事です。また、。日本のスピリチュアルケアの第1人者である窪寺俊之さんは、スピリチュアリティーについて以下のように説明しています。

人生の危機に直面して生きる拠り所が揺れ動き、あるい は見失われてしまったとき、その危機状況で生きる力や、希望を見つけ出そうとして、自分の外の大きなものに新たな拠り所を求める機能のことであり、また危機のなかで失われ生きる意味や目的を自己のの内面に新たに見つけ出そうとする機能のことである。(窪寺俊之「スピ-チェアルケア入門」三輪書店)

こういったことからスピリチュアリティーとは『人生に抽象的かつ積極的な意味を与え、人生を生きる価値のあるものとして生きる力』『生きる意味や目的を自らの外面や、自らを超える大きな存在に求める機能』と言ってよいと思います。

 

スピリチュアルペイン

このスピリチュアルな健康が、死に直面したり、死を経験したりといった大きな喪失の周辺で失われると、人はスピリチュアルな痛みを経験します。
もちろん、全ての人が、この「スピリチュアルな健康」を、通常な状態のときに意識的なレベルで認識しているとは思えません。「人生の抽象的かつ積極的な意味は」という問いに、すらすら応える事の出来る人が何人いるでしょうか。一般的には「人生に前向きに生きている」といった認識ではないかと思います。逆にこのスピリチュアリティーについて、通常の状態では殆ど無意識である事が、スピリチュアルペインを大きく感じる要因であると言えるのかもしれません。

グリーフという観点からこのスピリチュアルペインを具体的に記述してみると、以下のような例があります。また、これらの問いは容易に答えが見つかるものではありませんから、自問自答を繰り返すことになります。

  • 人はなぜ生まれて死んでいくのか
  • なぜ自分だけにこういう事が起こったのか
  • どうして死んでしまったのか。まだ一緒にやりたいことがあったのに。
  • 生きるとはどういうことか
  • 許し、許されるとはどういうことか
  • 死んだ人はどこに行くのか
  • あの人は今どこにいるのか
  • もう一度会うことは可能なのか
  • 生きる事の価値は何か
  • 残りの人生に価値はあるのか
  • 私は何か悪いことをしたのか

スピリチュアルケア

こういった、非常な深遠な問題について「ケア」ができるのでしょうか。ここではグリーフケアと密接な関係のある、終末期医療のスピリチュアルケアを紹介することでその片鱗が伺えればと思います。(終末期医療との関連について詳しくは緩和ケアとグリーフケア

『生きがいの創造 III、世界標準の科学的スピリチュアル・ケアを目指して』をはじめとする著書の多い飯田史彦は「スピリチュアル・ケアの基本方針」を次のように定義付けています。

スピリチュアル・ケアの基本方針とは、人生のあらゆる事象に意味や価値を見出すことができるような、適切な思考法や有益な情報を効果的に伝えることによって、対象者が自分自身で、「心の免疫力」や「心の自己治癒力」を高めていくよう導くことである。

ここでは「導く」という表現が使われていますが、実際にはスピリチュアルな問題に自分自身で何かしら納得できる答えや考え方を見つけ出すお手伝いをする事、それがスピリチュアルケアの考え方です。
医療に於ける緩和・終末期ケアの中で使われているケアの定義を一覧表にすると下記のようになります。

CURE(キュア) CARE(ケア)
認識の原点 生を基点。病を治す 老い、病、死を基点
目的 健康に戻る 意味ある生の完成
立場 治療者は患者から見て指導的立場 共に老い、病むべき仲間

ですから、共に老い、共に病むものが共に悲しむことで共に癒されるために寄り添う、それがスピリチュアルケアの精神と言ってよいでしょう。グリーフケアについても全く同様に、共に「いずれは死を迎える者」「グリーフの経験者」として、先に逝った者を悼み、共に寄り添うことでスピリチュアルな問題への答えを探していくという姿勢なのです。